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2018年1月13日 (土)

カンボジアの歴史を知って欲しい


2018年になり、札幌に帰省して姪っ子達とスター・ウォーズ/最後のジェダイをようやく観て興奮し、それから東京に一瞬帰ってから常夏のカンボジアに行って来ました(笑)

去年の12月からタイ→小豆島→札幌→カンボジアと1ヶ月チョッとでこんなに飛行機に乗ったの初めてかも。
来週にはまた小豆島に行きますし。

カンボジアには親父の仕事でチケットが二枚余ってたので妹とその姪っ子が行く予定だったのが、姪っ子が行けなくなったので急遽自分が行くことになりまして、父親と妹と三人で行って来ました(笑)

2泊4日でとても短い時間でしたが、とても勉強になりました。

カンボジアと言えばアンコールワット遺跡というイメージだったのですが、行ってみると一番の衝撃と心に残ったのはキリングフィールドやトゥールスレン。カンボジアの歴史でした。

多分、あまりピーンと来ない人も多いと思いますが(自分も映画「キリングフィールド」「アウト・オブ・キリング」をたまたま見た事があり、他に行く前にウィキペディアでチョッと読んだくらいしか知りませんでした)とても暗くて悲しい歴史があります。

是非このカンボジアの悲しい歴史を少しでも皆さんに知って欲しいのですが、その前にアンコールワット遺跡の写真を(笑)
カンボジアの歴史を知って欲しい


タイでパジャマ用に買った「気にしない」Tシャツ着てます。映画「トゥームレイダー」の舞台になってます。

カンボジアの歴史を知って欲しい


お土産店で物色してるとよく海外の観光客から「ハウマッチ?」と現地の店員さんに間違われて話しかけられました。
「アイム ジャパニーズ」と言ってこのTシャツ見せるとみんな外人さんは爆笑してました。

カンボジアの歴史を知って欲しい
憧れだったアンコールワット!
観光客の人達が多過ぎてチョッと現地の空気が伝わりにくいのが残念でしたが、間違いなく凄かったです。


カンボジアの歴史を知って欲しい

猿もいます。

カンボジアの歴史を知って欲しい

振り向かれてチョッとビビる。

写真


カンボジアのお猿さんは意外とおとなしいです。しかしアンコールワットは広大です。


カンボジアのショッピングモールは凄いです。
写真

服屋とか雑貨屋などがひしめく中に肉屋があります。匂い半端ないです(笑)屋根ありの室内ですし、年中常夏です。服に匂いとか付かないのかな…。

日本に着くなり妹と親父は体調が急激に悪くなり病院に直行したらしいです。

同じものを口にしてたハズなんですが自分はなんともないです。
蚊に刺された足が痒いくらいです。

ショッピングモールは2年前に行ったトルコの感じに似てました。

そう言えばアンコールワットにはトルコに一緒に行ったけーすけさんがたくさん居ました。


写真


写真
現代のけーすけさんは罰せられる事はあっても祭られる事はありません(笑)


アンコールワットよりも衝撃的だったのが、冒頭でも書きましたキリングフィールドやトゥールスレンです。

是非最後まで読んで貰えたらと思います。

まず、ここで簡単に説明しますとこれは1975年~1979年の約4年以内で起きたポル・ポト政権の時の歴史です。

1979年と言うと自分が生まれた年でありまして、わずか38年前の話になります。

この約4年間でクメールルージュという政治勢力のポル・ポトによりカンボジア国民の約3分の1の国民、350万人が虐殺されたという歴史です(※他の資料では100万人~200万人とありますが、色々と他国の政治的な都合などで数がバラバラです。現地の話では、実際は350万人以上のようです←病気や餓死など含む)

なので今のカンボジアの人で自分の年より上の39歳以上の方々は全員この時代を経験していると言うことになり、カンボジア国民の平均年齢が38年たった今でも25歳というあまりにも低い数字になっています(大量に大人が殺されたので)。

350万人ってピンと来なくないですか?

広島の原爆が当時推定35万人の広島の人口のうち9万~16万6千人が被爆から4ヶ月以内に亡くなったとされている数字です。


何故そんなに殺されたかを簡単に言いますと、ポル・ポトが自分の政治体制を引っくり返されないようにするため知的階級を片っ端から殺したんです。
医者や教師はもちろん、少しでも学があると思われた人は殺され、メガネをかけてるだけでも殺されたみたいです。そして親族も復讐させないために次々と殺していきました。

銃の弾を節約するため、その殺し方は斧やナタなど原始的な物で、自分がもっとも衝撃だったのが、小さな子供は片足や片腕などを持って大木に思いっきり叩きつけ首の骨を折らせて次々と殺していた事です。
その時の絵も見ました。
これを見たら言葉を失います↓

写真


その実際使われていた木がこれです↓

写真


その大量虐殺がされた場所が「キリングフィールド」といい、これはカンボジアで何ヵ所もあります。

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↑自分が行ったキリングフィールドの慰霊塔にはこのように発掘された一部の頭蓋骨が天井までありました。

まだ発掘されていない骨はまだありすぎて、もう見つける作業はほとんどしてないみたいです。

なので、雨で土が流された所からあちこち骨が今でも出て来ます。

その話はガイドブックで読んでましたが、この行ったキリングフィールドで自分が立ってた土の所 で(普通に誰もが通ってる道で) 「骨です」と言われ見たら木の枝が土から出てるように本当に人骨が出てました。すぐ横には人の歯もありました。

衝撃でした。まさか本当に自分が立っている所の下に38年前のたくさんの殺された人がまだ埋まってるという事に歩けなくなりました。

「トゥールスレン」とは政治犯収容所とされてますが、結局はポル・ポト派に対しての反革命分子を拷問して殺した場所です。
写真


この期間内で2万人ほど収容され生還出来たのは8名のみ。

この生還した人のうちの1人がこのトゥールスレンで働いていまして会いました。

このトゥールスレンでは床には今でも消えない大量の血の後がハッキリとあります。

写真


この大虐殺を経験した人達は今でも当時の恐怖と悲しみは忘れることは無いでしょう。まだ38年前の話です。

それでも頑張って生きているカンボジアの人達を見るととても胸が熱くなりました。カンボジアの人達はとても優しくてみんな笑顔を返してくれます。でもその目の奥にはみんな大きな悲しみがあると思うとすぐ目頭が熱くなりました。


今のカンボジアはこの歴史によって学のある人達もこぞって殺されました。
なので隣のタイ国と比べても何十年もカンボジアは遅れをとっています。
更に実権を握ってたポル・ポト派の方々が今でも政治の上の方にも居るのには驚きです。
それによってかこの残虐行為は全く裁かれてない要因にもなっています。

片方の見方から物事を判断するのは危険で好きでは無いですが、たくさんの方が殺されたという事実は忘れてはいけなく、あってはならない事だと思います。


カンボジアにもし行かれる事があれば、アンコールワットだけでなく、是非「キリングフィールド」や「トゥールスレン」にも行ってください。

とても辛い気持ちになりますが、それ以上に行って良かったと思うハズです。

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コメント

信じがたい悲劇だと思ってましたが、佐藤さん現地で見られたとのこと、現実なんですね
今の時代でも、いつ何が起きるか、誰が何を起こすか、、
悲劇は時間が経つと繰り返されてしまうのかも知れません
対岸の火事では無いし、綺麗事言うと人任せにしちゃいけない
次に会うときじっくりお話聞かせて下さい

投稿: かきはら | 2018年1月15日 (月) 午前 09時30分

かきはらさん>
コメント有り難うございます!!
実際に行くのとでは全然違いました。
オリジナルの映画より現実は想像も出来ないくらい悲惨な事が起きている事を実感しました。
是非、近々飲みましょう。その時にblogでも書けなかった事などお話出来ればと思います。
勿論、楽しい話もしましょうね(笑)

投稿: サトウヨシヒロ | 2018年1月17日 (水) 午前 02時50分

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